内容に関しては 財団法人少林寺拳法連盟 の正式な見解ではありません。
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CONTENTS

◆ 第一部 ◆

●空を飛んでみた●
福島・鮫川道院(99年10月)


●ケツジュウ?2000●
千葉・市川若宮道院


あわてるから あかんのや●
以和貴道場と堤塾


●今回は向こうからやってきた●
東京大田支部 大堀さん


ギョウザ三昧●
栃木・宇都宮南道院


おもしろそうじゃん●
「第2回 e-技術交流会」の記録 (前編)


おもしろかった!●
「第2回 e-技術交流会」の記録 (後編)

●夜霧よ、今夜もギョーザをありがとう●
栃木・宇都宮南道院


●またまた空を飛んでみた●
福島・鮫川道院(前編)

福島・鮫川道院(後編)


●勘違い、偶然も縁のうち●
シチズン商事の大歳さん

◆ 第二部 ◆

◆ 第三部 ◆

◆ 第四部 ◆

◆ 第五部 ◆


●空を飛んでみた● 福島・鮫川道院(99年10月)


10月9、10日の連休を使って、妻の真由美と、僕の友人で明治大学少林寺拳法部OBの『ハゼドン』君の3人で、福島県の鮫川村にパラグライダーを体験しに行って来た。
きっかけは以前真由美が仕事の関係で福島鮫川道院を訪れた際、道院の人たちと仲良くなったことと、村のボランティアで格安のパラグライダー体験教室があるという情報をつかんできたことだった。

パラグライダー教室開催の最低人数である5人のメンバーが集まり、宿に予約の電話を入れると、あいにく村営の格安施設は予約が一杯だった。ふてくされ気味の真由美が他の宿を紹介してもらおうと道院長の小松先生に電話をすると道場でよければ「ウチに泊まったら。」との申し出があり、迷惑を承知で「お願いします。」
せっかくだからパラグライダーの体験コースが終わった後で、拳法の技を一手二手教えて貰おうと持ち物リストに道衣が加わった。

10月9日 8時半に僕の愛車アコードUSワゴンで練馬を出発。直前で2人キャンセルが入り、結局冒頭の3人で行くことになった。本当なら放射線漏れのあった東海村(*数カ月前茨城県東海村で放射能漏れ事故が起きていた)を避けて、東北道で北上したかったが、この時期の東北道は紅葉狩りの大渋滞。窓を閉め切って常磐道を北上することにした。安全宣言が出されたこともあって車の数もそこそこ、パーキングエリアを歩く人も普段どおり、しかし、僕らはパーキングに寄らず、窓もしめたまま早く抜けることを願って車を飛ばした。ところが東海村やひたちなか市の出口を過ぎたところで大渋滞にはまる。このままではパラグライダーの集合時間に遅れてしまう。そんなことを話していたら小松先生から真由美の携帯に電話が入り、トラックの事故があったと教えて貰った。ラジオのニュースに出るくらいなのだから大事故だったのだろう。今朝ハゼドンが30分遅刻して出発が遅くなったが、もし時間通りに彼が来ていたら僕らも事故に巻き込まれていたかもしれない。僕は何気なく煙草に火をつけ車の窓を開けた。しまった放射能のことを忘れていた。

やがて、高速を「いわき湯本インター」で降りた。ここから県道14号線をひた走る。トンネルを抜けたところに紺色のジムニーが停まっているのがみえた。パッシングをするとハザードを出してから先導してくれた。小松先生がわざわざ迎えにきてくれたのだ。
しかもお弁当まで用意してくれていた。感謝!感謝!なのである。

パラグライダー体験コースの会場は鹿角平観光牧場だ。僕らはまるで小さな北海道のようなこの牧場の丘を駆け下りながら風に舞うはずだった。インストラクターは2名。星さんと蛭田さん。どちらも木訥とした東北人だが、なかなかシュールなギャグも言う。
パラグライダーを身体にくくりつけるため、僕らはハーネスをしょい込む。離陸の仕方を教わった。レクチャーはそこまで、あとは実践のようだ。よくある気を持たせるような体験コースと違って、文字通り体験させてくれる運営方法だったのが気に入った。

一番手は僕だった。パラグライダーを広げて斜面を駆け下りる。なかなか体が浮かない。風に流される。目の前に林が迫ってくる。止まらない、曲がらない。僕は林に突っ込んだ。パラグライダーが松の木に引っかかっている。インストラクターの星さんが斜面を駆け下りてきて僕のパラグライダーを木から外してくれている。申し訳なく思い、僕が謝ると、星さん曰く「まだ、木にぶら下がってないから、いい方ですよ。」シュールだ。
次はハゼドンの番だ。彼もパラグライダーを広げたまま、ひたすら斜面を駆け下りていく。宙に舞うのはなかなか難しいのだ。やがて真由美の番。しかし、ここで風向きが変わった。スタートの体制でずっと待つ真由美。しかしいっこうに風向きが変わる気配はない。やがてインストラクターは向かいの丘への移動の決断を下した。

移動後の一番手は真由美だ。両側からインストラクターの補助を貰い一気に加速。そして離陸。真由美は一発めから空に舞い上がった。僕もそれを見て自信がついた。そして、2度目のテイク。パラグライダーで風をつかんでから一気に斜面を駆け下りる。ちょっと宙に浮きながら駆け下りる、ひたすら駆け下りる。そして麓まで来てしまった。なかなか難しい。ここからまた離陸地点まで丘を登っていく、楽とは言えないが、苦にもならない。ハゼドンも2度目のテイクで宙に舞った。その後ろ姿はコウノトリに運ばれる赤ちゃんか、カラスに運ばれる鬼太郎と言ったとこだろうか。
僕も3回目にインストラクターの補助をもらって、ようやく宙に舞った。自然に体が持ち上がる感じ、空中を滑る感じ。不思議と恐怖は感じない。理屈抜きの快感。僕は体重が重い分浮きにくいが、飛ぶとスピードが出て距離がでるようだ。丘の下の湿地帯まで突っ込んだ。こうして全員が飛行を体験してパラグライダー体験コースは無事終了した。

夕方小松先生のウチに着くとゾクゾクと拳士や保護者が集まってきた。差し入れを持って来る人もチラホラ。野生のアケビの実。甘い完熟トマト。そのまま食べられる打ちたて茹でたてのうどん。ネギとカツブシのシンプルで美味なさしみこんにゃく。農家から分けて貰った極上の牛肉を炭火で焼いて、地酒を飲み、大いに語らう。子供達は僕らをつかまえて「東京星人」と呼び、マシンガンのように話し掛けてくる。辺りを見ると子供に囲まれハゼドンはすっかり人気者になっていた。

小松先生は拳士や保護者に支えられて、ここまで来たと言っていた。そして、その気持ちは言葉の端々にもよく現れていた。変に気取らない、威張らない。苦労したんだろうなと思った。ここに集まってきた拳士たちの自由に楽しんでいる姿は、のどかさと暖かさを感じさせる。都会の支部道場とはひと味違った、地域に密着した少林寺の姿を見たような気がした。見上げると空には星が一杯あった。

翌朝僕らは寝坊して8時半に起きた。結局昨日はバーベキューのあと室内に場所を移し、11時半まで宴会がつづいた。なんせ5時から宴会が始まったのだから1日の4分の1は宴会だったわけだ。僕らは昨晩川の字になって寝た。真由美に布団をとられ、ハゼドンの強烈なイビキ攻撃にあいながら僕は一夜を過ごした。

先生の家族は、先生のお母さんと4段の奥さん、そして4才の由佳ちゃん、3才の有子ちゃん。9ヶ月の由希ちゃん。最近、上のお姉さんたちは少林寺を始めたようだ。今日は村をあげての運動会で先生の一家も参加する。そんな村の一大イベントの日に先生は僕らの温泉につきあってくれた。途中江竜田の滝で真澄ちゃんの家族と合流する。真澄ちゃんは弟の肇君と一緒に道院に通っている。そして今回のツアーのきっかけを創ってくれた子だ。真由美を随分気に入ってくれたらしく、昨日一緒の写真が撮れなかったからと、今日の合流となった。

江竜田と書いて「えりゅうだ」と読む。昨夜子供達が「エリューダの滝、知ってる?」と聞いてきたが、何のことか分からず「何だそれは、新しいゲームの名前か?」とトンチンカンな答えをしてしまった滝だ。本物の江竜田の滝は3段に分かれており、独特の広い岩盤が生み出す水の造形はバランスの良さと力強さを持ち、太陽の光を背中にしょった神々しいほどのその姿は、見ているものに精神的な安定を与えてくれる。

僕らは江竜田の景観にしばし陶酔した後、奥甲子温泉へと向かった。小松先生も20年ぶりに訪れるという秘湯だ。宿の裏から階段を下り、橋を渡って向こう岸の湯殿へと行く。立っても入れるほどの深い湯船がそこにあった。温泉をあがった後は、川を渡る風が涼しくて気持ちよかった。

しばらく座敷で休んだあと、先生のお薦めトラ食堂へ白川ラーメンを食べに行くことに。白川ラーメンとはどんなラーメンなのだろうか。期待に胸を膨らませ僕らは国道を走った。しかし国道からちょっと入った所にあるトラ食堂は定休日だった。駐車場に縞蛇が一匹おなかを見せて死んでいた。

再び国道を走り、トラ食堂からのれん分けした餐へと向かう。こちらはたった今閉店したばかり。そこをお願いしたら快く店に入れてくれた。小松先生、近藤一家と共に白川ラーメンを食べる。店の親父さんがもう最後だからとチャーシューをサービスしてくれた。白川ラーメンは喜多方ラーメンによく似ている。手打ちの太麺がよく揉まれていて程良くスープに絡む。美味かった。

餐を出て高速乗り口に向かう途中、先を行く2台が右折していった。そうだ、もう東京に帰らなくてはいけない。あっというまの2日間だったが、3、4日は滞在したのではないかと言うぐらい充実していた。車の中で肇君が手を振っている。僕らはサンルーフを開けて手を振った。

結局小松先生にも真澄ちゃん一家にも、まる二日つきあって貰った。もちろん観光で来ても鮫川村は良いところなのだろう。だけど、人と人のつながりがベースにあった今回は、単なる観光旅行以上のすばらしい旅行になった。東京で貨幣経済文化にドップリとつかった生活をしている僕らには、この土地の暮らしはちょっとしたカルチャーショックであり、「本当の豊かさ」について考えさせられてしまった。帰りの高速を運転しながら、心から、また行きたいと思った。
すべての人に感謝! 感謝!! なのである。

おまけ:ハゼドン氏が、感謝の気持ちを電波にのせて鮫川村の人に伝えようと、12日の朝、道衣を着て「ズームイン朝」のカメラの後ろをうろうろしたらしいが、テレビ画面を見る限り識別不可能だった。

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